「はじめの一歩」に思うこと

今日は4月30日(火)です。
明日は、新しい年号、新しい時代を迎える、とても特別な日。

「昭和」から「平成」への移り変わりを、私はアメリカ合衆国で経験しました。


当時の私は14歳、日本でいう中学2年生、アメリカでは9年生。


アメリカでも昭和天皇の崩御は大々的に伝えられ、学校では先生が「YUKARIの国では大きなできごとがありました。」とクラスのみんなに丁寧に説明してくださったのを覚えています。


ただ、アメリカのテレビで映し出される日本の映像は第二次世界大戦と敗戦後の様子ばかり。

特に、第二次世界大戦開戦の引き金となった、真珠湾攻撃の映像が繰り返し流されていました。


一部の同級生たちは、私を見るたびに「バンザーイ!」「ハラキーリ!」「カミカーゼ!」と叫んでからかいましたが、なぜ今さら戦争のことで、私がこんな嫌な思いをしなくちゃならないのか、解せない思いでいました。


アメリカに渡るまで、日本人としての自覚も、皇室の存在もほとんど意識したことのない人生でしたが、この印象深い体験で「日本人としてのアイデンティティ」の意識がはっきりと変わったことを、いまでも鮮明に覚えています。


この後、22歳でブラジルに渡って1年間暮らし、多くの日系人の方々との交流を経験したことが、さらに「日本人」という存在について深く考える機会となりました。




私は、いわゆる右でも左でもありませんし、そういう物差しで測ること自体、あまり意味を感じていないのかもしれません。

ただ、世界広しといえど、「王家」や「皇室」の現存する国は思っているほど多くはなく、日本はとても稀有な存在だと自覚しています。

王族が残っている国は、多くはヨーロッパと中東、そしてアジア・太平洋地域、そしてアフリカに数カ国。
人間の歴史上、幾度も繰り返された戦争や革命で王族が絶えてしまった国は数しれず。

年号が存在するのも世界で日本だけ。
めんどうだし、外国から来た方にはこの上なく分かりにくいし、「正直いらないんじゃない?」と思う人も多いと思いますが、なくなったら…どんな世の中になるんでしょうか。
自分たちの代で伝統を断ち切ってしまった、後ろめたさが残る気がします。


話は変わりますが、先日うちから20メートルほどの湖畔に立っていた、榎(えのき)の巨木が切り倒されました。
おそらく、樹齢は数百年。
たった3時間ほどで切り倒され、私はショックのあまり涙も出ませんでした。

新しいことを思いついたり、始めたり、生活を便利にすることはとてもワクワクするし、そして簡単です。

その一方、長く受け継がれたきたものや、古くからあるものを守っていくことは、その何倍もの努力が必要なのだと、まだ生々しい切り株を見ながら思いました。


ヨガには4000年の歴史があるといわれています。
当時はまだキリスト教も仏教もなく、人は宇宙との対話で人間の存在の意味を知ろうとしていたそうです。

現代、世界中に広まったヨガ。
ヨガの思想を受け継いでいくことは、4000年前の英知を受け継いでいくこと。
ただ、真摯に、コツコツと。
次の時代に、そのバトンを渡すために。

とても長くてまじめな内容になってしまいましたが、平成の終わりにどうしても書き留めたくて、ブログに書きました。

読んで下さって、ありがとうございました。
新しい時代も平和でありますように。

aozora yoga kumamoto

江津湖ほど近くにある アットホームな自宅ヨガスタジオ